アニメ版「三つ目がとおる」と未収録作品について |
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| 吾平(原作)とモエギ(アニメ版) |
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今日、もっとも手に入りやすい「三つ目がとおる」のコミックスは、講談社から発売されているKCスペシャル及び講談社漫画文庫の全8巻ではないかと思わ れるが、実は、これらの全集には9本もの短編が未収録となっている。雑誌(少年マガジン)での掲載順に並べると、以下のタイトルがそうである。
「文福登場(前後編の後半部)」(S50.1.19&26号〜2.16号)
「七蛇寺の七ふしぎ」(S51.4.11号)
「カオスの壺」(S51.5.23号)
「給食」(S51.6.13号)
「猪鹿中学」(S51.6.27号)
「長耳族」(S51.7.4号)
「舌を出すな!」(S52.1.2号)
「メダルの謎」(S53.2.12号)
「スキャンダル」(S53.2.19号)
幸い、この9作品は、2003年度に発売されたコンビニエンス本、KPC(講談社コミッククリエイト)でようやく復刻
され、その後、講談社漫画文庫からも「三つ目がとおる秘蔵短編集」というタイトルで正式に文庫収録されて、雑誌未見者でも容易に閲覧可能となったが、コ
ミックまるまる一冊分のこれらのエピソードが、なぜ最初のコミック全巻からは外されてしまったのだろうか。(注・なお、本コラムの以下の文章は、2008
年の「三つ目がとおる秘蔵短編集」発売前に執筆したものです)
たとえば、「文福登場」は、初単行本(講談社コミックス)収録時、その前半部が改稿されて、「グリーブの秘密編」の冒頭部に使用されてしまった為、以後
のコミック版でも再録しづらくなったと言う経緯がある。また、「舌を出すな!」は「イースター島航海編」直後のエピソードとして、モロその事が作中でも触
れられており、単独短編としてはコミックに入れられなくなったのではないかと言う事がうすうすと推察できる。「猪鹿中学」「長耳族」の二部作には、「イー
スター島航海編」に先立って、長耳族出身の強敵が登場するのだが、「イースター島航海編」登場の長耳族とはディテールにやや違いがあり、「イースター島航
海編」の方を残す為、「猪鹿中学」「長耳族」の方はやむなく存在を抹消されてしまったのかもしれない。他にも、「カオスの壺」は異次元を題材に用いた奇想
天外すぎるエピソードだし、「七蛇寺の七ふしぎ」は子供誘拐事件を扱っていて、時事ネタとしてコミック収録はまずかったのかもしれないなど、様々な理由を
思い浮かべる事ができそうである。
しかし、これらの未収録作品には重要エピソードも多く含まれており、「猪鹿中学」はストーリーの大きな新展開となる写楽の転校秘話だし、文福やノラキュ
ラ先生の初登場もこれらの未収録作品である為、通常の「三つ目がとおる」コミックスでは、読者にとっては初見となる文福たちが、和登さんらとはすでに面識
があるような登場の仕方になってしまっているのだ。さらに、これら未収録作品がある事は、多少ながら、アニメ版の「三つ目がとおる」にも影響を与えてし
まっているのである。すなわち、アニメの「三つ目がとおる」内にも、これらの未収録作品を元ネタとするエピソードが幾つも含まれていたのである。
アニメ「三つ目がとおる」の放送時(1990年)、すでに通常版の「三つ目がとおる」全集コミックスは書店に広く出回っており、それだけを読んだ限りで
は、アニメ版はオリジナルのエピソードが大量に盛り込まれているような印象を受けさせる内容だった。しかし、実は、28話「悪党文福あらわる」は「文福登
場」を忠実に再現したエピソードだったし、27話「不思議の国の写楽」は「カオスの壺」の大幅アレンジ、7話「のっとられた写楽」の元ネタは「メダルの
謎」、9話「三つ岩山の秘密」は恐らく「七蛇寺の七ふしぎ」や「神々の食糧」の混合ストーリーと言うように、アニメのほとんどの話はしっかりと原作付き
だったのである。(アニメのスタッフは、雑誌も全て手元に揃えて、万全の態勢で、制作に臨んだのかもしれないが、きちんとコミックに収録されているエピ
ソードでも映像化されなかった短編が多数ある事を考えると、未収録作品をこうも頻繁に元ネタに使用しているのは、少し視聴者ファンに対して意地悪な気もし
なくはない)
さて、ここで、アニメ版「三つ目がとおる」へと話を移してゆく事にするが、実は、このアニメの「三つ目がとおる」も、原作マンガには無い要素がかなり含まれた、ファンにとっては要チェックな作品なのだ。
そもそも、原作「三つ目がとおる」の短編エピソードは通常20ページ足らず(連載1話分)であり、30分のアニメ枠に置き換えるには、どうしても内容の
水増しは必要だったし、さらに、元の「三つ目がとおる」のストーリーのメインが主としてオーパーツ(不思議な古代遺物)の謎解きの方で、解説中心に地味に
展開する話も多かった為、アニメでは視覚性を重視したアクション強調の内容にと大胆に作り変えられる事となったのである。
その結果として、アニメの方が秀作になったかと言うと、必ずしも、そうとは言い難い部分もあり、面白く加工された話もあれば、原作の持ち味を壊してしまったようなエピソードも多数できてしまった、と言うのが、私の個人的な感想である。
たとえば、原作では渦巻に飲まれて、あっさり滅びたゴブリン男爵が、アニメでは、しっかり海底ピラミッド内で最後の決戦に現われたり(三つ目族の謎
編)、6話「美少女はヘビの使い?」の敵キャラの蛇集団には大蛇のボスがいて、バトルの方も大いに盛り上がったり(原作は「キャンプに蛇がやってき
た」)、古代王子ゴダル編の原作マンガでは本当にただのチョイ小道具にすぎなかった冷凍兵器ゴモラが、アニメでは、クライマックスで、山火事を消すと言う
大事な役割を果たすなど、原作の設定をより上手に生かした部分も意外と少なくはないのである。ボルボックにしても、原作では誰にも看取られずに地中で寂し
く息絶えたのに対し、アニメのボルボックはさらなる急成長を遂げ、地底怪獣のごとく地上に頭(のような球根本体)を持ち上げたところで、写楽に倒されてし
まうのだ。ビジュアル的には、アニメの方がはるかに見映えがある。他にも「脳みそをトコロテンにする機械」は「脳みそをのびたラーメンにする機械」(2話
「ラーメン戦争!怒りの一撃」)と呼び変えられ、魔術師ガランプッタのオチのセリフが「ムコウキズの魔術王」から「バンソウコの魔術王」(15話「超能力
VS超魔術」)に置き変えられるなど、ささいな言葉もうまく「三つ目がとおる」のモチーフに合わせたものに変更されていたりする。
しかし、何もかもが面白く昇華されていたと言う訳でもなく、16話「発見!伝説の怪物」(原作は「オハグロ沼の怪物」)や17話「受験戦争と平和?」
(原作は「カンニング」)とかは、いじくりすぎて、完全に原作とは別物の話と化していて、これらのオリジナルストーリーが必ずしも原作を超えていたとは、
やや思いにくい。14話「爆発!宇宙パワー」も、原作の「三角錐(ピラミッド)コレクション」の方が皮肉なオチが効いていたような感じがするし、4話「迷
子のUFOをさがせ」(原作は「円盤騒ぎ」)にしても、UFOの正体を原作とは異なる円盤型生物にしてしまったばかりに、雰囲気がまるで異質なものに変
わってしまっている。5話「ハイテク暴走車を追え」は、原作「親子車」では物悲しい最後を遂げたロボットカーが実は生きていたと言う、拍子抜けのオチを追
加しているし、21話「321・ドカーン」(原作は「貝塚の怪」)でも、恐怖の古代の処刑兵器の解除法をあらたに提示していて、原作の終わり方とアニメの
付け足された内容のどちらが良かったかは、判定に大いに悩まされるところである。
原作マンガとアニメの決定的に異なる部分として、アニメでは、モアが長編エピソード「怪鳥モア編」開始以前から、すでに写楽のペットとして仲間入りして
いて、準レギュラーとして、たびたび出演している点があげられる。そして、この「怪鳥モア編」のストーリーを分解してしまった事は、アニメの最終回そのも
のも、原作とは大きく違う流れを歩ませてしまう先陣となってしまったのである。
アニメ化エピソード中、もっともハデに内容が変えられてしまったものの一つとして、長編エピソード「イースター島航海編」をあげる事ができる。謎の幽霊
船に乗り込んで、イースター島に至るまで冒険旅行する点のみは同じなのだが、本エピソードの重要キャラであるポゴの設定は別人と言い切れるほど修正されて
いるし、原作の敵キャラだった女船長パンドラも出てこない。第一の島(毒の湖)と第二の島(手狩り族)のエピソードもはしょられており、実は、それもその
はず、「イースター島航海編」は、すでに日本テレビの「24時間テレビ」内のスペシャルアニメ「悪魔島のプリンス 三つ目がとおる」(1985年)のメイ
ンエピソードとして、ある程度の内容(敵のパンドラや第一の島と第二の島の冒険など)が映像化されており、どうやら重複してしまう事を避けて、のちのテレ
ビシリーズ版「三つ目がとおる」では、「イースター島航海編」のストーリーをダブらない部分だけで再構築してしまったようなのである。(また、「悪魔島の
プリンス 三つ目がとおる」には、クライマックスの目玉としてグリーブも登場する為、テレビシリーズの方では「グリーブの秘密編」は丸ごとカットされた)
しかし、「イースター島航海編」は原作中でも最長を誇るエピソードであり、だからこそ、このエピソードのみに登場するヒロイン、ポゴも、写楽との深い絆
を丁寧に描いてもらえ、和登さんに劣らぬ魅力と存在感を持てたのであって、アニメ版のポゴも、確かに原作と同じ行動をとってはいるのだが、それでも、エピ
ソード自体が短すぎる(全4話)為、どこか薄っぺらな印象しか残らないキャラになってしまった。どうも、アニメ版の「イースター島航海編」は、すぐ後に続
く最終決戦編(怪鳥モア編)の前哨戦扱いとして、ついでで組み込まれたのではないかとも推察され、もし本当にそのような使われ方をしていたのだとしたら、
ちょっと原作が浮かばれないような気もしなくはない。
そして、アニメの方は、シリーズそのもののクライマックスへと突入してゆくのだが、前述したように、すでに「怪鳥モア編」の内容が分解されてしまってい
る為、こちらもまた、原作どおりの展開では内容が進まなくなる。違いをあげ始めるときりがないのだが、最大の差異点をあげるならば、やはりボルボックの再
登場であろう。しかも、この復活したボルボックは、実質上のラスボスとなり、つまり、原作の「怪鳥モア編」には出てこないキャラなので、アニメのフィナー
レも原作とは全く異なる形となってしまった訳である。
原作の「怪鳥モア編」では、殺し屋のケツアルとガールフレンドのセリーナという、二人の重要なキャラクターが、原作の大団円に重要な役割を果たしてい
た。特に、セリーナは、写楽がようやく巡り合えた三つ目人の女性であり、
「三つ目族の復興(種族を増やす)」を写楽の最終目的と考えるならば、最後に登場するのにまさに相応しい人物だったと言えた。ところが、アニメに出てくる
セリーナは三つ目人ではない。そして、アニメにおける三つ目族最後の女性はモエギ(ボルボックを育てていた少女。原作でモエギに相当するのは、吾平と言う
名の男の三つ目人だった)であり、もっと早い時期(36話)に出会っていたにも関わらず、写楽との間には何の男女的感情、関係も発展しなかったのである。
原作が一貫して描こうとしていたのは、滅び行く種族である写楽・三つ目族の憂愁の冒険活劇であり、だから、「怪鳥モア編」のエンディングもセリーナの死
によって幕が閉じられてしまう。他方、アニメ版は、絶滅を超えて、未来への希望を謳う事を最後の主題とし、これまで世にすねていた写楽は、ラストにおい
て、ようやく素直に現代人の仲間の中へと溶け込んでゆく。ボルボックの方も、もう一度、人類の可能性に賭ける事にして、いったん人類抹殺計画を中断する。
これは、明らかに、制作者の当時の思惑や姿勢が作品にそっくり反映された結果であり、そう考えるならば、実は、最初から、原作とアニメの「三つ目がとお
る」は、同じ題材を違うテーマで料理した対極の物語だったのかもしれない。
| 併用資料 なんだか、調子に乗って書いているうち、原作マンガかアニメ版のどちらかを十分知り尽くしてないと、読んでて分からないような内容になってしまいました。(苦笑) TEZUKA OSAMU @ WORLDに、原作マンガの全作品一覧、及び、アニメ版の各エピソードが紹介されていますので、よく分からない部分は、どうぞ、そちらを参照にしてくださいませ。 |